苦痛を受けることもいとわない

ある印象的な話。飛行機に乗っていた幼児にとっての問題。それは本当に事は簡単であったはずです。いやな目にあえば、泣き叫び、母親に問題を解決してもらおうとするだけなので。しかし十二歳の子供には、事はもっと複雑である。痛みに耐え、親に不可能なことは要求しない。泣き叫んだりすれば、母親との関係を危くするかもしれない。良い気分を味わい、問題を避けたいと思えば思うほど、私たちが(これを学習するわけであるが)必要とする人々との人間関係は、私たちの選択に大きな影響を与える。良い人間関係を得るためには、私たちのほとんどは、かなりの苦痛を受け入れる覚悟がある。人間関係のほうが苦痛よりも重要であるからだ。人間関係を得て、維持し、改善するために、長期的な快適な活動すらいとわない。なぜなら、最終的には気分が良くなり、私たちが必要とする人々と親しくなれると信じるからである。 Read more »

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少女たちの行為

今のこの豊かな時代であっても食料や医薬品の不足から、飢餓と病気に苦しむ何百万人もの人がいるわけですね。彼らは、好きで食べなかったり、医者にかかったりしないわけではないのです。飢えのもたらす苦痛は自動的であり、生存の欲求という遺伝子に組み込まれている。しかしながら、多くの十代の少女は、飢えること、ひいては死に至るまで食を絶つことを選択しているのです。拒食症ですね。少女たちの行為は、人聞には力の欲求を得るために、生存の欲求を無視する能力があるという一例でありますね。もし生存の欲求が唯一の基本的欲求であるなら、拒食症もなければ自殺もないはずである。選択理論は、生存を含むあらゆる人間の行為に適用できるものであるが社会行為に焦点を当たいと思います。つまり、外的コントロールをやめることで、お互いの関係が良くなるということである。 Read more »

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